こんにちは!星宮りょうです。
今回は、タロット史のかなり深い根っこにある「ヴィスコンティ・スフォルツァ版」の話をします。
タロットというと、今では恋愛、仕事、自己理解、心の整理に使うカードという印象が強いかもしれません。けれど、15世紀の北イタリアで生まれた初期のタロットは、現在の占い道具とはかなり違う姿をしていました。そこにあったのは、貴族が楽しむカードゲーム、宮廷文化、結婚による同盟、家の威信、そして美術品としての豪華さです。
モルガン図書館の解説でも、ルネサンス期のタロットは占い師の道具ではなく、貴族が楽しんだ通常のカードゲームだったと説明されています。占いや神秘思想との強い結びつきは、ずっと後の近世・近代に育っていくものです。つまりヴィスコンティ・スフォルツァ版を見るとき、私たちは「占いの原典」というより、タロットがまだ宮廷の遊びであり、同時に政治的な記念品でもあった時代を見ているのです。
タロットの最初の顔は、未来を告げる神秘の札ではなく、金箔の上に描かれたミラノ貴族の世界でした。
1.ヴィスコンティ家とスフォルツァ家とは誰か
ヴィスコンティ家は、14世紀から15世紀にかけてミラノを支配した名門です。北イタリアの都市国家が互いに競い合っていた時代、ミラノは政治・軍事・芸術の重要な中心地でした。
一方のスフォルツァ家は、もともと傭兵隊長、つまりコンドッティエーレの家系です。フランチェスコ・スフォルツァは軍事的な実力によって台頭し、やがてミラノの支配権を握る人物になります。彼の運命を大きく変えたのが、ヴィスコンティ家の娘ビアンカ・マリア・ヴィスコンティとの婚姻でした。
二人の婚約は1432年、結婚は1441年とされます。この結婚によって、ヴィスコンティ家の血統と、スフォルツァ家の軍事力・政治力が結びつきました。モルガン図書館は、ヴィスコンティ・スフォルツァ版について、ビアンカ・マリアとフランチェスコの婚約・結婚に関わる可能性を示しつつ、少なくとも両家の紋章がカードに交じっていることから、ヴィスコンティ=スフォルツァ家の誰かのために作られたことは明らかだとしています。
ここが、このデッキを読むうえで大切な入口です。ヴィスコンティ・スフォルツァ版は、単に古いカードではありません。家と家が結びつき、新しい支配の正統性を語るための、非常に豪華なイメージの器だったのです。
2.現存最古「級」という言い方をする理由
タロットの歴史では、「最古」という言葉の扱いが少し難しくなります。なぜなら、初期のカードは紙や厚紙に描かれ、実際に遊ばれ、摩耗し、失われやすかったからです。完全な形で残っているものはほとんどありません。
イェール大学ベイネッケ図書館の「ヴィスコンティ・タロット」は、1428年から1447年頃のものとされ、67枚が残るきわめて古い豪華なカード群です。これは「キャリー・イェール版」や「ヴィスコンティ・ディ・モドローネ版」とも呼ばれます。
一方、今回取り上げるヴィスコンティ・スフォルツァ版は、メトロポリタン美術館の解説では1450年頃のミラノ製、ボニファチオ・ベンボ工房作とされ、78枚中74枚が現存すると説明されています。モルガン図書館、ベルガモのアッカデミア・カッラーラ、コッレオーニ家に分蔵されているカードを合わせると、15世紀の手描きタロットとして非常にまとまった姿を伝えています。
ですから正確には、「タロット史上もっとも古い完全なデッキ」と単純に言うより、現存最古級で、もっとも重要かつまとまった15世紀タロットのひとつと見るのがよいでしょう。完全性、豪華さ、研究上の重要性、その後のタロット像への影響を考えると、ヴィスコンティ・スフォルツァ版はまさにタロット史の扉に置かれた一組のカードです。
3.78枚の構成は、すでにかなり今に近い
ヴィスコンティ・スフォルツァ版で驚くのは、15世紀の段階ですでに現在のタロットに近い構成が見えることです。
モルガン図書館の説明では、完全なパックは78枚。21枚の切り札、1枚の愚者、そして4スート56枚から成っていたとされます。スートは杯、棒、貨幣、剣。各スートには1から10までの数札と、ペイジ、ナイト、クイーン、キングにあたる人物札がありました。
これは、現在のタロットの基本構造とほぼ同じです。もちろん、カード名、番号、図像の順番、象徴の意味づけは地域や時代によって違います。初期の切り札には番号がなく、どの順番で読むかも地域差がありました。それでも、愚者、切り札、四つのスートという骨格は、15世紀の段階ですでに見えています。
この事実は、タロットを学ぶうえでとても大きな意味を持ちます。今、私たちが使っているカードは、近代の神秘家が完全に作り直したものではありません。15世紀のカードゲームの構造が残り、その上にマルセイユ版の図像、18世紀以降の神秘思想、ウェイト版の物語的な絵、現代の心理的な読み方が積み重なっているのです。
4.金箔と紋章——これは遊び札であり、美術品でもあった
ヴィスコンティ・スフォルツァ版のカードは、現在の印刷カードとはまったく違います。紙や厚紙の上に不透明絵具で描かれ、金箔の地がほどこされ、人物や衣装は宮廷絵画のように丁寧に表現されています。
メトロポリタン美術館は、これらの初期豪華カードがボニファチオ・ベンボの工房に帰されると説明しています。モルガン図書館では、近年はフランチェスコ・ザヴァッターリへの帰属も議論されていると紹介されており、制作に関しては研究上の幅があります。つまり「誰が一人で描いた」と単純に言うより、ミラノ宮廷周辺の画家・工房が関わった高級注文品として見るのが安全です。
カードの中には、ヴィスコンティ家とスフォルツァ家の紋章的モチーフが織り込まれています。家紋や標章がカードに現れるということは、これはただの娯楽用品ではなく、持ち主の身分と家の物語を示す品でもあったということです。
現代の私たちは、タロットを「誰でも手に取れる紙のカード」として考えがちです。けれど15世紀ミラノの豪華デッキは、宝石箱に入れるような品でした。そこには、遊び、贈答、記念、権威、美術、家の物語が重なっています。
5.「恋人たち」は本当に結婚のカードだったのか
ヴィスコンティ系の古いカードを見ると、どうしても目を引くのが「恋人たち」です。現代の恋愛占いでは、恋人たちは相性、選択、結びつき、価値観の一致を示すカードとして読まれます。
ただし、15世紀の宮廷カードに描かれた結婚的な場面は、今の恋愛観とは違います。貴族の結婚は、個人の感情だけでなく、家同士の同盟、領地、継承、軍事、外交を含む大きな政治的出来事でした。
その意味で、ヴィスコンティ・スフォルツァ版の背景に婚姻の物語を見るとき、私たちは「ロマンチックな恋の始まり」だけを見ているのではありません。そこにあるのは、愛と政治、祝祭と権力、個人と家の運命が重なった世界です。
この視点を持つと、現代の恋人たちのカードも少し深く見えてきます。恋人たちは、ただ「好き」という感情だけではなく、どの価値観を選び、誰と手を組み、どんな未来を引き受けるのかを問うカードです。15世紀ミラノの婚姻という背景は、その重みを静かに教えてくれます。
6.悪魔と塔が残っていないことの面白さ
ヴィスコンティ・スフォルツァ版について語るとき、現存しないカードにも触れておきたいところです。復刻版などでは補われることがありますが、オリジナルとしては悪魔、塔、剣の3、貨幣の騎士などが欠けていると説明されることがあります。
ここで大切なのは、「欠けているから当時は存在しなかった」とすぐ決めつけないことです。紙のカードは失われやすく、後の時代に分散し、補作や交換も行われました。モルガン図書館の解説でも、一部のカードには後世の補作や別様式のカードが含まれることが述べられています。
それでも、悪魔や塔というカードが初期デッキの中でどのように扱われていたのかを考えるのは、とても興味深いことです。現代のタロットでは、悪魔や塔は強い変化や束縛、崩壊、解放を表します。ですが、15世紀の宮廷カードでは、それらはまずゲームの切り札であり、社会的・宗教的な寓意の一部でした。
この違いを知ると、マルセイユ版やウェイト版の悪魔・塔がどれほど長い図像史の上に立っているかが見えてきます。マルセイユ版で定着する素朴で力強い図像の前に、こうした宮廷的で豪華な初期デッキの時代があったのです。
7.占いではなくゲームだった、という事実の重み
タロット史で何度でも確認したいのは、15世紀のタロットが占い専用の札ではなかったという点です。メトロポリタン美術館も、タロットはトリックテイキング系のゲームであり、現在の占いやオカルトとの結びつきは19世紀に広がったもので、中世のタロットとは別の時代の話だと説明しています。
これは、タロットの神秘性を否定する話ではありません。むしろ逆です。タロットは最初から神秘のために作られたのではないのに、絵柄があまりにも豊かだったため、後の人々がそこに象徴体系を読み込んでいきました。
ゲームとしてのタロットには、偶然に配られた手札、切り札の階層、勝ち負け、読み合いがあります。人生もまた、配られた条件の中で、どのカードをいつ出すかを考えるものです。だからこそ、ゲームだったカードが、やがて人生を読む道具へ変わっていったことには、自然な流れも感じます。
マイケル・ダメット『The Game of Tarot』や、ロナルド・デッカー、マイケル・ダメット『A History of the Occult Tarot』が重要なのも、この切り分けを丁寧に行っているからです。タロットの歴史は、「古代エジプトの秘密」から始まるのではなく、北イタリアのカードゲームと宮廷文化から始まり、その後に神秘思想が重ねられていったと見る方が、資料に即しています。
8.マルセイユ版の前に、ミラノ宮廷があった
このサイトでは以前、マルセイユ版とウェイト版の違いを取り上げました。マルセイユ版は、印刷によって広がったタロットの大きな系統で、現在のカード図像にも深く影響しています。
しかし、マルセイユ版の前には、ヴィスコンティ・スフォルツァ版のような手描きの豪華デッキがありました。大量に印刷される前のタロット。都市の職人や庶民に広がる前のタロット。王侯貴族の注文品として、金の地に描かれたタロットです。
この前日譚を知っておくと、マルセイユ版の素朴さも違って見えてきます。手描きの宮廷美術だったカードが、印刷文化の中で再生産され、街のカードゲームとして広まり、やがて占い師の手元へ移っていく。タロットは、貴族の婚姻記念品から、都市の遊び、そして心を読む象徴へと、何度も姿を変えてきたのです。
9.星の樹でこのデッキを読む意味
星の樹では、主にウェイト版のカードを使って意味を解説しています。ウェイト版は20世紀初頭のデッキで、パメラ・コールマン・スミスの絵によって小アルカナにも物語が与えられました。詳しくはパメラ・コールマン・スミスの記事でも書いた通りです。
けれど、ウェイト版だけを見ていると、タロットが最初から心理的な絵物語だったように感じてしまいます。実際には、そのもっと前に、マルセイユ版があり、さらにその前に、ヴィスコンティ・スフォルツァ版のような宮廷的なカードがありました。
起源を知ることは、占いの言葉を冷たくすることではありません。むしろ、カードの奥行きを増やしてくれます。恋人たちは、個人の恋だけでなく、家と家の結びつきも映してきた。戦車は、単なる前進だけでなく、権威ある凱旋のイメージをまとっていた。皇帝や女帝は、抽象的な性格カードではなく、実際の宮廷秩序の感覚に近いところから生まれている。
そう考えると、タロットの一枚一枚は、私たちの悩みを映す鏡であると同時に、何百年もの人間社会の記憶でもあります。カードを引くたびに、15世紀ミラノの金箔が、マルセイユの印刷線が、ウェイト版の物語が、現代の私たちの言葉へ静かに重なっているのです。
ヴィスコンティ・スフォルツァ版は、タロットの「始まり」を一枚で説明してくれるカードではありません。けれど、タロットがどこから来たのかを知りたいとき、最初にのぞき込みたい豪華な扉です。その扉の向こうには、占いより古い遊びがあり、遊びより重い家の物語があり、家の物語より長く生き残った絵の力があります。
ヴィスコンティ・スフォルツァ版を見ると、タロットは「意味の辞書」ではなく、社会の記憶を持つ絵札だったことがわかります。カードの歴史を知るほど、現代のリーディングにも厚みが出てきます。
The Morgan Library & Museum “Visconti-Sforza Tarot Cards” / The Metropolitan Museum of Art “The World in Play: The Visconti-Sforza Tarot” / Yale Beinecke Rare Book & Manuscript Library “Visconti Tarot” / Centro Conservazione Restauro “The Visconti-Sforza tarocchi decks”、マイケル・ダメット『The Game of Tarot』、ロナルド・デッカー、マイケル・ダメット『A History of the Occult Tarot』などを参照しました。