こんにちは!星宮りょうです。
今日は、カードの意味そのものから少しだけ視線を引いて、「その絵を描いた人」の話をします。

タロットに少しでも親しんだ方なら、愚者の崖、女教皇の青い衣、死神の白い馬、月の道、太陽の子ども、世界の輪の中で踊る人物を一度は見たことがあると思います。これらの絵は、単なるカードの挿絵ではありません。現代のタロット観を形づくった、巨大な視覚言語です。

その視覚言語を78枚分描いたのが、パメラ・コールマン・スミス。愛称は「ピクシー」。1878年、ロンドンに生まれ、1951年にコーンウォールのBudeで亡くなった、英国と米国、そしてジャマイカの文化をまたいで生きた画家・挿絵画家・作家・出版人・舞台美術家でした。

ウェイト版タロットを読むことは、言葉になる前の感情を、パメラの絵の中に探すことでもあります。

1.「ウェイト版」の絵を描いたのは誰か

一般に「ウェイト版」と呼ばれるタロットは、アーサー・エドワード・ウェイトが象徴体系を設計し、ロンドンのライダー社から出版されたデッキです。そのため長いあいだ、名称としては「ライダー・ウェイト版」が広まりました。

しかし、私たちが実際に目で見ているカードの絵、つまり人物の表情、背景の空、衣服の線、場面の空気を描いたのは、パメラ・コールマン・スミスです。近年では彼女の名を入れて「ライダー・ウェイト・スミス版」「ウェイト・スミス版」と呼ぶ動きが広がっています。これは単なる呼び名の変更ではありません。タロットを支えてきた「画家の手」を、きちんと見える場所へ戻す試みです。

ウェイトが象徴の設計者であるなら、パメラはその象徴を人間の感情として見える形にした人でした。たとえば、ソードの3は心臓に三本の剣が刺さる強烈な図像です。カップの5は失ったものを見つめる背中です。ペンタクルの5は寒さの中を歩く二人です。これらは意味を説明する「記号」ではなく、見る人の胸にすぐ届く小さな物語です。

パメラ・コールマン・スミスが描いた愚者のカード
愚者旅立ちの一瞬を物語に変える絵
パメラ・コールマン・スミスが描いた太陽のカード
太陽幸福を理屈ではなく光で伝える絵
パメラ・コールマン・スミスが描いた世界のカード
世界完成を円環と踊りで示す絵

2.ロンドン、ニューヨーク、ジャマイカをまたぐ子ども時代

パメラは1878年2月16日、ロンドンのピムリコで、アメリカ人の両親のもとに生まれました。幼少期はイングランド、アメリカ、ジャマイカを行き来しながら育ったとされます。この移動の多い環境は、彼女の絵に独特の混ざり合いを与えました。

ジャマイカで聞いた民話や語りの文化は、のちに彼女の創作活動へ深く流れ込みます。パメラは絵を描くだけでなく、民話を語り、文章を書き、舞台的な身ぶりで物語を伝える人でした。彼女にとって「絵」は静止したものではなく、声や音楽や演劇とつながった、動く表現だったのだと思います。

1893年、彼女はニューヨークのPratt Instituteで学び始めます。長く在籍して学位を取ったというより、若い時期に専門的な美術教育へ触れた経験として見るのがよいでしょう。Prattの記録や展覧会紹介でも、彼女は同校で学んだ画家として扱われています。

このころのパメラは、すでに一つの肩書きに収まらない人でした。挿絵、舞台、物語、出版、民話、神秘思想。ひとつの道を一直線に進んだというより、いくつもの表現を試しながら、自分の声を探していった人です。

3.劇場と文学の人脈が育てた「場面を描く力」

パメラの人生を語るうえで、劇場の世界は欠かせません。彼女は女優エレン・テリー、俳優ヘンリー・アーヴィングの周辺と関わり、舞台美術や衣装、演劇的な表現に親しみました。また、W・B・イェイツ、ブラム・ストーカー、G・K・チェスタトンといった文学者・文化人の周辺にも身を置きます。

ここで大切なのは、パメラが「一枚絵の画家」であると同時に、「場面を構成する人」だったことです。舞台では、人物の立ち位置、背景、衣装、光、視線、沈黙の間合いがすべて意味を持ちます。ウェイト版の小アルカナがこれほど読みやすいのは、まさにこの舞台感覚があるからです。

マルセイユ版など古いデッキでは、小アルカナの数札はスート記号の配置が中心でした。剣が三本、杯が五つ、棒が八本、というように、数とスートの組み合わせから意味を読む形式です。ところがウェイト版では、小アルカナにも人物のいる場面が描かれました。これが、タロットを「覚えるもの」から「見るもの」へ大きく近づけたのです。

カードを前にした初心者が、ソードの9を見て「眠れないほど悩んでいる」と感じる。ワンドの10を見て「背負いすぎている」と分かる。カップの6を見て「懐かしさ」や「過去の優しさ」を感じる。これらは説明書を読む前に、絵そのものが語ってくれる力です。

4.黄金の夜明け団と、ウェイトとの出会い

20世紀初頭の英国では、神秘思想、占星術、カバラ、儀式魔術などを研究する知的なサークルがいくつもありました。その代表的な存在が、黄金の夜明け団です。パメラはイェイツを通じてこの流れに触れ、そこでアーサー・エドワード・ウェイトと出会ったとされます。

ウェイトは学者肌の神秘思想家で、タロットを単なる占い札ではなく、象徴を通して霊的な旅を読む体系として整理しようとしました。しかし、象徴体系はそのままでは抽象的です。誰かが、それを人間の目で見える場面へ翻訳しなければなりません。

1909年、ウェイトはパメラに新しいタロットデッキの制作を依頼します。彼女は78枚の絵を描きました。大アルカナだけでなく、56枚の小アルカナにも物語的な場面を与えたことが、このデッキの革命性です。ウェイトの思想と、パメラの視覚的想像力が重なった場所に、現代タロットの標準形が生まれました。

ただし、その仕事が彼女に大きな財産や継続的な名声をもたらしたわけではありません。パメラは委託制作としてこの大仕事を引き受け、印税で長く報われた画家ではありませんでした。後世の私たちが毎日のように彼女の絵を見ていることを思えば、この事実には静かな痛みがあります。

5.なぜ彼女の名前は忘れられたのか

パメラが完全に無名だった、という言い方は少し単純すぎます。彼女は若いころから画家・挿絵画家として活動し、アルフレッド・スティーグリッツのギャラリー291で展示されたこともあります。書籍の挿絵、民話集、雑誌、舞台関係の仕事など、活動範囲は非常に広いものでした。

けれど、タロット史の中では、彼女の名前は長く前面に出ませんでした。デッキ名は出版社と思想設計者の名で流通し、絵を描いた女性の名前は、カードの隅に残された小さなサインのように扱われてきました。

これは彼女個人の問題だけではありません。20世紀初頭の女性芸術家は、しばしば「協力者」「挿絵担当」「装飾的な才能」と見なされ、作品の中心的な作者として記憶されにくい立場に置かれました。さらにパメラの場合、英国、米国、ジャマイカをまたぐ出自や、民話・演劇・神秘思想・信仰を横断する活動が、単一の美術史の棚に収まりにくかったことも影響したのでしょう。

パメラは分類しにくい人でした。画家であり、作家であり、語り部であり、編集者であり、舞台の人であり、神秘思想に触れ、のちにカトリックへも深く傾いていく。どこか一つの看板に収まりきらないからこそ、制度の側からは見落とされやすかったのかもしれません。

6.女性参政権、出版、信仰──タロット後のパメラ

タロットデッキを完成させた後も、パメラの人生は続きます。Morgan Libraryの解説では、彼女が女性参政権運動に関わるSuffrage Atelierの一員となり、ポスターや風刺画などを通して女性の投票権を求める活動にも参加したことが紹介されています。

また、彼女は自分自身で雑誌や出版物にも関わりました。Clemson University Pressの紹介によれば、パメラは20冊以上の本に挿絵を描き、100本を超える雑誌記事にも関わり、ジャマイカ民話集を書き、雑誌編集も行っています。つまり、タロットだけが彼女の仕事ではありません。むしろタロットは、広い創作活動の中のひとつの結晶でした。

晩年の彼女はコーンウォールへ移り、経済的には恵まれない時期を過ごしたと伝えられます。1951年9月18日、Budeで亡くなったとされ、墓所についてもはっきりしない部分が残ります。世界中の人が毎日彼女の絵に触れている一方で、本人はその後の巨大な影響を知ることなく世を去りました。

7.パメラの絵がタロットを変えた理由

では、なぜパメラの絵はこれほど長く生き続けたのでしょうか。理由は、上手いから、きれいだから、だけではありません。彼女の絵は、象徴と感情の距離が近いのです。

たとえば「月」のカードでは、道が水辺から遠くの山へ続き、二つの塔が立ち、空には大きな月があります。この絵は、不安、夢、直感、見えないものへの恐れを一瞬で伝えます。「隠者」では、高い場所に立つ老人がランタンを掲げています。孤独、探求、内省、導き。その意味は、言葉で説明される前に、絵の姿勢から伝わります。

パメラの小アルカナは、特に革新的でした。数札に人物と場面を与えることで、カードは「抽象的な数」から「相談者の現実に重なる情景」へ変わりました。恋愛で苦しい人はカップの5の背中に自分を見るかもしれません。仕事を抱えすぎた人はワンドの10の姿に息苦しさを感じるかもしれません。迷いの中にいる人はソードの2の目隠しに、自分の決められなさを見るかもしれません。

この「自分の状況が絵に見える」感覚こそ、ウェイト版が現代タロットの基準になった大きな理由です。占い師だけでなく、初心者でもカードと対話しやすい。これはパメラが、象徴を人間の身体と場面に落とし込んだからこそ生まれた力です。

8.星の樹が彼女の絵を使う意味

星の樹でも、ウェイト版のカード画像を解説ページで使っています。もちろん、現在では原画がパブリックドメインとして扱われる範囲が広がり、学習や解説のために利用しやすくなっています。ただし、後年の再彩色版や商標名などは別の権利問題を含むため、そこは分けて考える必要があります。

けれど、法的に使えるかどうかだけで終わらせたくはありません。大切なのは、「誰の絵を借りて、私たちはカードを読んでいるのか」を忘れないことです。

タロット占いは、カードの象徴を読む営みです。その象徴は、自然にそこへ生えてきたわけではありません。誰かが線を引き、色を置き、人物に表情を与え、背景を選び、意味が宿る場面を作りました。星の樹がウェイト版の絵を使うなら、その根元にパメラ・コールマン・スミスという画家がいることを、サイトの中できちんと語っておきたいのです。

彼女は、タロットを「怖い神秘の記号」から「人間の物語を映す絵」へ近づけてくれました。だから私たちはカードを見た瞬間に、悲しみ、希望、迷い、重さ、解放、祝福を感じることができます。占いの言葉が届く前に、絵が先に心へ触れているのです。

9.忘れられた画家を、もう一度カードの中心へ

パメラ・コールマン・スミスの人生には、華やかさと寂しさが同居しています。若くして才能を認められ、多彩な文化人と交わり、歴史に残る78枚を描いた人。その一方で、デッキの成功から十分な経済的利益を得たわけではなく、長いあいだ作者名も見えにくい位置に置かれてきた人。

けれど、忘れられたままでは終わりませんでした。近年、研究者、タロット愛好家、美術館、出版社が彼女の仕事を掘り起こし、「ピクシー」の名は少しずつカードの表舞台へ戻ってきています。これは、過去の不公平を完全に取り戻すことではないかもしれません。それでも、私たちが今からできる敬意の表し方です。

次にウェイト版のカードを手に取るとき、ぜひ隅にある小さなサインや、人物の表情、背景の線を見てみてください。そこには、ウェイトの思想だけでなく、パメラの観察眼、舞台感覚、物語を愛した心が宿っています。

タロットは、未来を断定する道具ではありません。絵を通して、自分の中にある物語を見つめ直すための鏡です。そしてその鏡を、ここまで豊かなものにした画家の名前は、パメラ・コールマン・スミス。星の樹でカードを読むたびに、私はその名前を静かに思い出したいと思っています。

RYO'S READING NOTE

パメラの功績は、タロットに「表情」を与えたことです。象徴を知識として覚える前に、絵を見て心が動く。その最初の揺れこそ、リーディングの入口になります。