さて、法王が築き上げた安全で規則正しい社会から一歩外へ踏み出すと、そこには全く次元の違う強烈なドラマが待ち受けています。第7回目は、タロットの中でも最も人気が高く、そして最もその本質が「誤解」されやすいカード、大アルカナの6番、「恋人たち(THE LOVERS)」です。
「わあ、恋人たちのカードだ!彼と両思いになれる!」「最高のハッピーエンドだ!」と無邪気に喜んでしまうのは、少しお待ちください。もちろんそういった幸せな意味合いも多分に含まれていますが、人間の深い業(ごう)を描く物語において、愛というものは常に「過酷な選択」と「試練」を伴うものです。このカードの真のテーマは、単なるロマンスではなく、人生を根底から揺るがす『究極の選択』にあるのです。
恋人たちのカードは、楽園の試練と究極の選択を象徴します。本能と理性、直感と安全、愛と責任の間で、自分自身の魂が本当に望むものを選ぶ勇気が問われるのです。
「双児宮」と「6」の数字が示す、完全なる調和への渇望
まずは、このカードを構成する神秘のパーツを分解してみましょう。ヘブライ文字では「ザイン」が当てられています。これはアルファベットのYに似た、二股になったフェニキア文字から派生したとされ、棍棒と剣という武器や、鋭いもの、戦いを表します。また、人間の五感の中で最も直感や本能を刺激し、潜在意識に直接働き掛ける「嗅覚」なども表しているのです。
宇宙観では、知性とコミュニケーションの星「水星」と、「双児宮(双子座)」に対応しています。そして、このカードに割り当てられた「6」という数字。これは正三角形(火=男性原理)と逆正三角形(水=女性原理)が重なってできる「六芒星(ヘキサグラム)」で表されます。
2番の「女教皇」の時点では、白と黒の柱のように「対立したまま緊張を保って」いましたが、ここではその相反する二極の物事が調和し、美しい形で一体化することに焦点が当たっています。完全なる調和と安定がシンボライズされた、極めて美しい状態のカードなのです。
裸の男女が意味する「精神(スピリット)」の正体
カードの絵柄に目を向けてみましょう。そこに描かれた人物たちが「裸」であることには、非常に深いオカルト的、そして心理学的な意味が込められています。タロットにおいて裸身は、肉体という入れ物の中味である「精神・スピリットそのもの」を表しています。画家のパメラ・コールマン・スミスは、形のない、目には見えない人間のスピリットを、あえて人型にして描かせたのです。
つまり、ここに描かれているのは「特定のA男くんとB子ちゃん」という実際のカップルではありません。「ひとりの中の人間の精神構造」を擬人化したものなのです。
男性:感情よりも理知・理性で判断し、論理的に考える「顕在意識(男性性)」。
女性:理性よりも本能・感情で判断し、直感的に真相を見る「潜在意識・本能(女性性)」。
天使:上空から二人を見下ろす大天使は、人間の精神の最も崇高な部分(超意識)を描いたもの。これらが結びつくことで、初めてひとつの完全な「人間」という宇宙が形作られます。
アダムとイヴの物語 ── 人生という名の「選択の連続」
この絵柄は、誰もが知る旧約聖書創世記の「エデンの園」のエピソード(アダムとイヴ)を彷彿とさせます。神から禁食とされている「知恵の樹」の実を、蛇(悪しき誘惑)にそそのかされたイヴが食べ、彼女はそれをアダムにも勧めて食べてしまう。そして二人は楽園を追放されるというエピソードです。
なぜ、この物語がタロットの6番に置かれているのでしょうか?それは、ここに「私たち人間に課せられた人生そのもの」が象徴されているからです。人間の本能というものがいかに欲望や悪しきものの誘惑に流されやすいか、そして「本能と理性との終わりのない葛藤を克服することこそが、人間の完成には不可欠であること」を、この一枚の絵が強烈に物語っているのです。
生きていると、常に心が引き裂かれるような岐路に立たされます。損得勘定や世間の目(理性)で選ぶのか、それとも自分の魂が強烈に惹かれる方向(直感)へ飛び込むのか。頭では「やめておいた方がいい」と分かっているのに、心がどうしてもそちらを選んでしまう。人間のそんな業の深さや愛おしさを、私はこれまで数え切れないほど文字にしてきました。
このカードは、私たちに潜む本能的欲望と、祝福されるべき直感に従うことを感じ分け、「良き選択をすること、ひとつを選んでひとつをあきらめる必要があること」を突きつけています。世間体や理性(男性)で選ぶのではなく、あなたの魂が心から惹かれる方向(直感・女性・嗅覚)へ飛び込む勇気。和合、調和、快楽、そして「直感を重視し、感覚で選ぶこと」がこのカードが放つ最大のメッセージなのです。
選択から逃げた先にある「堕落」という結末
だからこそ、このカードが否定的な側面(逆位置など)で出た場合、その状況は非常に残酷で情けないものになります。それは「まさに選択できないこと」を表すからです。
アンバランスでどっちつかずの曖昧な状態に陥り、優柔不断さから決断を先延ばしにする。その結果、誘惑に負けてルーズな異性関係に陥ったり、ダラダラと惰性に流されてしまったりします。覚悟を伴わない「遊びの感覚」や、ただ「性愛に溺れる」といった、自らの人生の主導権を放棄した堕落の道へと転がり落ちてしまうのです。
人生は、右に行くか左に行くか、永遠に続く選択の連続です。もしあなたの前にこの「恋人たち」が現れ、選択に迷った時は。あなたが頭で考えた「正しいこと」や「安全なこと」よりも、あなたの魂が裸になって喜ぶ「本当に心地よいこと」を、どうか勇気を持って、あなた自身の手で選び取ってみてください。
その覚悟ある決断こそが、あなたを本当の意味での「完全な人間(世界)」へと導く、最も強力な魔法になるのですから。
星宮りょう